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東京地方裁判所 昭和38年(ワ)10917号 判決

原告 中野民主商工会 外三名

被告 国 外一名

訴訟代理人 横山茂晴 外七名

主文

被告国は、原告中野民主商工会に対し一〇万円、同河田武雄および同有限会社鳥平に対しそれぞれ一万円、ならびに、右各金員に対する昭和三九年一月二三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告らの被告国に対するその余の請求および被告今村朝男に対する請求を棄却する。

訴訟費用は、原告らと被告今村との間においては、全部原告らの負担とし、原告らと被告国との間においては、これを二分し、その一を被告国の負担とし、その余を原告らの負担とする。

この判決の第一項は、かりに執行することができる。

事実

第一、当事者の申立

一、原告らの申立

原告ら訴訟代理人は「被告らは連帯して原告らに対しそれぞれ一〇万円およびこれに対する昭和三九年一月二三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。被告今村朝男は原告らに対し別紙〈省略〉記載の謝罪広告を朝日新聞、毎日新聞、読売新聞の最終面最下部に縦三段抜き、横幅一五センチメートルで連続三日間掲載せよ。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決を求めた。

二、被告らの申立

被告国指定代理人および被告今村朝男は「原告らの各請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求めた。

第二、原告らの請求の原因

原告ら訴訟代理人は、請求の原因として、次のとおり述べた。

一、当事者

(一)  中野民主商工会 原告中野民主商工会(以下「原告中野民商」もしくは「中野民商」という。)は、中小商工業者を圧迫している重税、資金難を打開し、店と生活を守り、さらに一層の営業と生活の向上を図り、豊かな中野、平和な民主的な独立日本の建設に尽くすことを目的とした中野区内の中小商工業者によつて組織されている、いわゆる権利能力なき社団であつて、昭和二三年八月一八日に結成され、昭和三八年には約一二〇〇名の会員を擁していたものである。

(二)  河田武雄 原告河田武雄(以下「原告河田」もしくは「河田会長」ともいう。)は、鮮魚販売業を営み、昭和三二年中野民商に入会し、昭和三七年同会長に就任し、引続きその地位にあるものである。

(三)  益田正男 原告益田正男(以下「原告益田」もしくは「益田事務局長」という。)は、中野民商に雇傭され、昭和三八年当時も現在も同会事務局長の地位にあるものである。

(四)  有限会社鳥平 原告有限会社鳥平(以下「原告鳥平」もしくは「鳥平商店」という。)は、昭和三八年当時も現在も中野民商の会員である。

(五)  今村朝男 被告今村朝男(以下「被告今村」もしくは「今村署長」という。)は、大蔵事務官であつて、昭和三七年七月一〇日から昭和三九年七月一日まで、中野税務署長の職にあつたものである。

二、今村署長の職務行為および原告らの損害

1  今村署長の行為

(一) 調査

(1)  臨場調査 今村署長は、昭和三八年九月ごろ、その部下の職員に対し、中野民商会員については、事前通告することなく、二、三名一組となつて臨場調査におもむき、当該会員以外の中野民商会員および同会事務局員の立会を拒否したうえで調査をなすべきことを指示した。同職員は、これに基づき、同月四日ごろから右態様による調査を開始した。

(2)  反面調査

(イ) 取引先、取引銀行調査 今村署長は、同年一〇月ごろ、その部下の職員に対し、中野民商会員数十名について、その取引先および取引銀行に対する反面調査をなすべきことを指示し、とくに銀行調査に当たつては、同会員のみならず、その家族および従業員の預金をも調査すべきことを指示した。同職員はこれに基づき、そのころからその旨の調査を開始した。

(ロ) 一斉照会調査 今村署長は、同月初旬ごろ、管外の鳥肉取扱店一六店に対し「鳥平商店と取引をしているかどうか。しているとすればその額などを知らせてもらいたい。」との趣旨が記載された文書を一斉に送付した。(以下(1) および(2) の各調査を「本件調査」という。)

(ニ) 文書送付

(1)  一〇月二八日付文書 今村署長は、同年一〇月二八日ごろ、渡辺忠およびその他の中野民商会員に対し「当署はこのような反税的団体を相手にすることはできません。したがつて商工会の介入を排除しない限り、あなたの調査は解決がつかず、いつまでも現在のような状態がつづくことになります。必要な調査はあくまで実施しなければならないのです。」「なおあなた自身の本当の気持を電話でもなんでも結構ですから税務署あてお聞かせ下さい。」との記載がなされた文書を送付した。

(2)  一一月六日付文書 今村署長は、同年一一月六日ごろ、中野民商会員に対し「中野民主商工会会員の皆様へ」と題する文書を送付したが、右文書には「同会は依然として反税的な行動をとつており、納税者の帳簿書類を事務局へ引上げたり事務局員や他の会員を調査に立会わせようと強要したりして調査を妨げて来ました。このような数々の事実は中野民主商工会が会員に間違つた考えを植えつけ、税務行政を計画的に妨害しようとして来たことをはつきり示しており、所得税法ないし法人税法に対する悪質な違反行為であります。」「特に中野民主商工会は、これまで述べましたような反税的な行為を組織的に行なつている団体ですから税務署としましては同会の事務局員等の立会は、絶対認めませんし、同会との話し合いの上で調査を行なうことなどは全く考えておりません。会員に対して『事前通知』を行なわないのも調査に対して同会の事務局員等の不当な介入を排除することが主な目的です。」との記載がなされている。(以下(1) および(2) の各文書送付を「本件文書送付」という。)

2  今村署長の故意(過失)、原告らの損害および損害額

(一) 結社権侵害

(1)  故意(過失)1(一)の本件調査は、従来の調査慣行、すなわち、事前通告をなし、中野民商事務局員等の立会を認め、税務署職員一名で行なつてきた調査慣行を破り、中野民商会員のみを徹底的に調査し、もしくは中野民商会員の名誉や信用を害するためになされたものであり、1(二)の本件文書送付は、中野民商が反税団体であるとの虚偽の宣伝をなすことにより、同会員と同会事務局員とを離反させるためになされたものであつて、これらの行為は、究極的には、前記目的のもとに活動している中野民商の組織を破壊することを意図してなされたものである。かりにそうでないとしても、結社権侵害について少くとも過失があつたものである。

(2)  損害 河田武雄、鳥平商店は、これにより、同人らの有する結社の自由を侵害された。

(二) 名誉権侵害(1)

(1)  故意(過失) 1(二)(2) の一一月六日付文書送付は、中野民商が反税団体であり事務局員の調査立会が違法行為であるかのような印象を民商会員に与えることにより、中野民商、同会会員、同会事務局員の各名誉を毀損することを意図してなされたものである。かりにそうでないとしても、名誉毀損につき少くとも過失があつたものである。

(2)  損害 中野民商、河田武雄、鳥平商店、益田正男は、これにより、同人らの有する名誉を毀損された。

(三) 名誉権侵害(2)

(1)  故意(過失) 1(一)(2) (ロ)の一斉照会は、鳥平商店が脱税をしているかのような印象を業界に与えることにより、鳥平商店の名誉を毀損することを意図してなされたものである。かりにそうでないとしても、名誉権侵害について過失があつたものである。

(2)  損害 鳥平商店は、これにより、同人の有する名誉を毀損された。

(四) 損害額 同人らが受けた右損害は、いずれも無形損害であつて、その額の具体的算出は困難であるが、少くとも各人につきいずれも一〇万円を下ることはない。

三、被告らの責任

原告らの損害は、国の公権力の行使に当たる公務員である今村署長が、その職務を行なうについて、故意によつて違法にこれを加えたものであるから、今村署長はもとより、国もまた今村署長と連帯して、原告らに対しこれを賠償する責任があり、さらに今村署長はこれと共に原告らの名誉を回復するための適当な処分をなす責任がある。

四、結語

よつて、原告らは、被告らに対し、いずれも不法行為に基づく損害賠償として、被告らは連帯して原告らに対しそれぞれ一〇万円およびこれに対する不法行為の日以後である昭和三九年一月二三日(訴状送達の翌日)から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払をなすべきこと、ならびに、被告今村に対し、原告らの名誉を回復するための処分として別紙記載の謝罪広告をなすべきことを、それぞれ求める。

第三、請求の原因に対する被告らの答弁

被告国指定代理人および被告今村は、請求の原因に対する答弁として、次のとおり述べた。

一、当事者について

(一)の事実は、不知。(二)ないし(五)の各事実は、いずれも認める。

二、今村署長の職務行為および原告らの損害について

1の各事実は、すべて認める。

2の各事実は、すべて否認する。

(調査の正当性)

1 中野民商会員一般に対する調査

(一) 中野民商の性格 中野民商の税務署に対する活動の主たるねらいは「自主申告をつらぬく」ということにあるのであるが、このことは、組織的に税務署の調査を妨げることによつて過少申告を容易ならしめようとするものである。

(二) 中野民商の行為 中野民商は、本件調査開始前には、次の行為をなしていた。

(1)  集団行動 集団で税務署に押しかけて職員に圧力を加え、さらに、申告書を一括提出することによつて、申告書の受理にあたり、税務署職員が申告者から事情を聴取し申告を適正ならしめるように指導することを妨げていた。

(2)  調査妨害 税務署職員が納税者方に臨んで調査しようとすると、事務局員や会員が多数で職員に議論をしかけたりなどして、充分な調査を行なえないようにし、口実を設けては帳簿書類の提示さえ拒み、あるいは反面調査を妨害するなどの行為をなしていた。

(三) 調査の必要性 中野民商の右調査妨害行動等によつて、中野税務署の中野民商会員に対する調査は、はなはだ不徹底なものとなり、そのため、中野民商会員の申告水準および課税水準は他の納税者に比して著しく低調となつた。そこで、今村署長は、中野民商会員に対して徹底した調査をなすべしとする国税庁長官の指示に基づき、本件調査におよんだものである。

2 鳥平商店に対する調査

(一) 鳥平商店の行為 鳥平商店の記帳は、数点にわたり複式簿記の原則に反する処理がなされ、決算書に過誤があるなどのずさんなものであつた。とくに鳥平商店は青色申告法人であつて、仕入先を明らかに記帳すべきであるのに、仕入先の判然としない仕入金額があつた。そこで臨場調査におもむいた中野税務署小柳事務官がこれを質したところ、同商店代表者飯島登は「千葉方面から来る人たちで正確な住所氏名は知らない。」と答るだけであつた。

(二) 調査の心要性 右のとおり鳥平商店の仕入先は不明であつたため、今村署長としてはこれを調査するためには本件の一斉照会によりその取引先を明らかにするほかはなかつた。

3 調査の正当性

今村署長がなした本件調査は、いずれも所得税法および法人税法(昭和四〇年三月三一日法律第三三号および第三四号による改正以前のもの、以下同じ。)所定の質問調査権に基づくものであつて適法である。

また、右の経緯のもとでは、今村署長がなした本件調査は、その方法態様においても、中野民商による調査妨害を排して調査の実を挙げるための当然の措置である。

(文書送付の正当性)

1 中野民商の行為

右のとおり、今村署長は、中野民商会員に対しても徹底した調査を開始したが、これに対し、中野民商は、さらに組織的かつ暴力的な抵抗を示し、調査におもむいた税務署職員に暴言を浴びせ、ついに同事務局員二名は公務執行妨害事件を惹起するに至つた。

2 文書送付の必要性

そのため、今村署長は、中野民商会員である納税者に対し、中野民商の反税的活動の実態を訴えて、適正な税務行政への協力を要請する必要があつた。

3 文書送付の正当性

税務署長は、税法の適正な執行をする職責を有するものであつて、広くそのために必要な広報活動をする権限を有するものである。したがつて、請求の原因二(二)の本件文書の送付は、いずれも右権限内の行為であつて違法ではない。

三、被告らの責任について

争う。なお、原告らが主張する今村署長の各行為は、いずれも中野税務署長としての職務行為であるから、かりに同署長が職務行為を行なうについて故意または過失により違法に原告らに損害を加えたとしても、その損害については、国家賠償法一条により、国が賠償の責に任ずるものであつて、今村個人がその責任を負ういわれはない。

第四、原告らの法律上の主張

原告ら訴訟代理人は、法律上の主張として、次のとおり述べた。

一、調査の違法性

1  憲法違反

被告らは、本件調査は所得税法および法人税法所定の質問検査権に基づくと主張する。しかしながら、収税官吏(税務職員)に質問検査権を付与した所得税法六三条、法人税法四五条および四六条は、憲法に違反する法律であるから、これに基礎をおく本件調査はその根拠を失い、違法である。同法条が違憲である理由は次のとおりである。

同法は、収税官吏(税務職員)に対し、令状によらないで国民の住居に侵入し、その所有物件を検査したり押収したりする権限を付与しているのであるから、住居侵入、捜索、押収についての保障を定めた憲法三五条に違反する。もとより、同法条による調査は任意調査であつて強制調査ではないと説明されている。しかし所得税法七〇条、法人税法四九条は、右質問検査の拒否については一年以下の懲役または二〇万円以下の罰金に処する旨の罰則規定をおいているのであつて、結局は調査対象者に対し調査に応ずることを強制しているものである。したがつて、同法条は実質において収税官吏(税務職員)に対し令状なしに強制調査権を付与したことに帰着するのである。

2  法律違反

かりに、右法条が違憲ではないとしても、本件調査は、右法条が定めた質問検査権の要件を欠くものであつて、違法である。その理由は次のとおりである。

右質問検査権の法的性質は財政下命である。ところで、財政下命がなされるためには、その前提として国民の側に国家の財政権力作用に一般的に応ずる義務がなければならない。しかしてその義務は納税義務がこれに当たる。そこで、納税義務の存否についてみると、現行税制は申告納税制度をとつているから、確定申告を経たものについては納税義務は消滅することになり、確定申告を経たもの以外の課税所得についてのみ納税義務が発生存続していることとなる。したがつて財政下命としての質問検査の対象となるものは、確定申告を経たもの以外の課税所得がこれに当たることとなる。この場合確定申告を経たもの以外の課税所得があるというためには、客観的に右所得の存在を明らかにする具体的資料がなければならない。以上により、収税官吏の質問検査権は、対象者に納税義務があると認められる場合、換言すれば、右具体的資料の存在により、はじめて発生することとなる。

また、質問検査権の行使は、「必要があるとき」に限られるものである。

しかるに、本件調査は、これらの要件がないにもかかわらず行なわれたものであるから、所得税法および法人税法所定の質問検査権の行使ということはできない。

3  職権濫用

かりに、本件調査が右質問検査権の行使であるとしても、右調査は、中野民商の組織を破壊し、中野民商会員の名誉を毀損する目的のもとになされたものであるから、職権の濫用であつて違法である。

二、文書送付の違法性

1  法律違反

被告らは、本件文書送付は、税法の適正な執行をするための広報活動の一つであると主張する。しかしながら、税務署長には、ある団体の構成員に対しその団体の中傷誹謗を内容とする文書を作成して送付する権限はない。かりに団体の構成員の一員が税務行政に対して違法行為を行なつたとしても、それは、捜査機関ないし司法機関が相当な処分をなすべきであつて、税務署長には右違法行為を排除するための権限は付与されていない。したがつて本件文書の送付は権限外の行為であつて違法である。

2  職権濫用

かりに、税務署長に本件文書のような文書をも送付する権限があるとしても、右文書の送付は、中野民商の組織を破壊し、同会員および事務局員の名誉を毀損する目的のもとになされたものであるから、職権の濫用であつて違法である。

第五、被告らの法律上の主張

被告国指定代理人および被告今村は、原告らの法律上の主張に対する反論として、次のとおり述べた。

原告らは、所得税法および法人税法に基づく質問検査権を行使するには、課税所得が存することの明らかな具体的資料がなくてはならないというが、申告が正当かどうかを調査するに当たつて、事前に課税所得が存する(申告が正当でない)ことについて具体的資料を要求するのは無理難題というべきである。調査対象者として規定されている「納税義務者、納税義務があると認められる者」とは、ある者の租税について調査しようとする場合のある者すなわち調査しようとする租税の納税義務の主体となるべき者の趣旨である。

また、原告の主張は税務調査と犯罪捜査を同一視しようとするものであるが、刑事関係では黙否権があり自己負罪の義務はないのに対し租税関係ではこのような権利はなく、とくに申告納税制度のもとでは実際の所得を申告する義務を有するのであるから、両者を同一視すべきものではない。

なお、原告らは、本件調査および文書の送付は職権の濫用であると主張するが、さきに述べた事実関係のもとでは、今村署長がとつたこれらの行為は、積年の弊害を除き、課税の適正と租税負担の公平をはかるための適切な措置であつて、何ら職権濫用にわたるものではない。

第六、証拠〈省略〉

理由

一、中野民商の法的性格については争いがあるので、まずこれについて判断する。

いずれも成立に争がない甲一号証、一七号証、二四号証、二五号証、乙一号証、二号証、三号証および四号証の各一ないし四、一一号証の一および二、一二号証、一三号証、一四号証の一および二、一五号証、一九号証、二〇号証、二八号証ないし三〇号証、証人河野貞三郎、同進藤甚四郎、同植松守雄の各証言、原告河田武雄および同益田正男各本人尋問の結果を綜合すれば、次の事実が認められる。

(一)  今次敗戦直後、全国各地において、物資の一括購入、税務の共同研究および税務署への陳情等により、自らの営業と生活とを守ることを目的とした中小商工業者の互助組織が結成された。これらの組織は、その地区の町名等を冠して何某商工会、何某民主商工会(以下これらの団体を「民商」という。)等と呼称された。

(二)  全国商工団体連合会(以下「全商連」という。)は、昭和二六年一一月、これらの団体を綜合する全国組織として発足したが、昭和三八年当時におけるその加盟団体は約二〇〇団体であつた。

全商連は、昭和三六年秋箱根において開催された全国総会において、加盟団体の会員数を一年間に倍増することを目標とする運動、いわゆる会員倍加運動を展開することを決議した。その結果、会員数は昭和三八年五月下旬ごろは約七万人となり決議当時のほぼ二倍に達していた。

(三)  中野民商は、昭和二三年八月一八日に結成され、全商連加盟団体中最も古い歴史を有している団体である。同会は、当初会員数十名をもつて結成されたが、会員数は、年を追つて漸増し、全商連決議に基づく会員倍加運動などもあつて、昭和三八年当時は約一二〇〇名に達していた。会員の大部分はいわゆる零細業者である。

中野民商は、中小商工業者の営業と生活に密接する問題、すなわち、税金問題や借地借家問題を解決するための互助組織として発足し、当初は、弁護士、税理士、大学教授等を顧問に迎え、会の運営はいわゆる委員会制を採用していた。当時における活動は、会員の中から選出された委員長、副委員長等の役員が、会員の税務書類を作成したり、会を代表して中野税務署におもむき、税務行政について要求を述べたり、同署職員から税務指導を受けてこれをさらに会員に再指導をしたりするなどの活動が主なものであり、一時は同税務署から中野納税協力員の辞令を受けていたこともあつた。

右のとおり、会の運営は役員がこれに当たつていたが、会員の増加につれて役員のみでは事務を処理することができなくなり、同会は、のちに、専従の事務員を雇傭し、右事務員が主としてこれらの仕事をするようになつた。

(四)  中野民商は、その後規約等を整備したが、昭和三八年当時における規約には、次の事項が定められている。

(イ)  中野民商は、現在中小商工業者を圧迫している重税、資金難等を打開し、店と生活を守り、さらに一層の営業の繁栄と生活の向上を図り、豊かな中野、平和な民主的な独立日本の建設に尽すことを目的とした業者の団体である。(ロ)同会は右目的達成のため、営業と生活の諸問題、すなわち、経営の指導と相談、税金に関する研究と相談指導、福利厚生事業、共済、借家問題等についての法律相談等を行なう。(ハ)機関として、最高決議機関である総会(年一回開催)、決議および執行機関である理事会および常任理事会(月一回以上開催)、会の代表者および業務の総括者である会長等をおき、会の事業遂行のため事務局をおく。(会長、副会長常任理事、事務局長、次長、理事監査役は総会によつて選任される。)(ニ)会の経費は入会金、会費、事業収入、寄付金によつてまかない、年一回監査役の監査を受ける。

(五)  中野民商は、右規約に基づいて組織、運営をなしているが、その具体化としては、財政、税金対策、金融経営対策、福利厚生、婦人青年、教育宣伝の各専門部をおき、会員内から選出された理事、常任理事がそれぞれ部員、部長の地位に就任している。これらの専門部は、常任理事会の審議を経たのち、それぞれの分野において、商工業者の生活と営業に関する相談指導等をなしており、その対内的な主な業務は、金融問題および法律問題の相談、帳簿の記帳、納税に関する書類の作成等である。なお、昭和三八年当時における記帳の依頼者は会員約一二〇〇名中約二〇〇名であり、また、当時の会費は、月額三五〇円である。

(六)  右専門部のうち、税金対策部を中心とする中野民商の活動は、次に述べる全商連の活動と同一である。

全商連は「アメリカと日本の大企業中心に奉仕する政策をとりつづける自民党政府と、それをとりまく反動勢力に対し、共産党、社会党を中心に労働者、農民、中小業者など、日本の全国民が一致団結してたたかい、働く国民が幸せになれる政策に変えて行こうという立場」を基本的立場とし、中小商工業者の利益を守るための活動としては、次の行動をなしていた。

(1)  税制改革の要求 国税庁や国会に対し(イ)事業主および家族専従者の自家労賃を給与として経費に認めること(ロ)所得税課税最低限を引上げるため、基礎控除、配偶者控除、扶養控除を引上げること(ハ)個人事業税を撤廃もしくは減免すること(ニ)大企業優遇の租税特別措置を改廃し、小企業の立場を考慮して法人税率は一五%から四〇%の累進税率とすること(ホ)同族法人の留保所得課税および小法人の行為計算の否認をやめること(ヘ)住民税について、(い)申告期限を四月末とすること(ろ)府県民税率は〇・八%から五・六%までの累進税率とすること(は)住民税の諸控除を所得税なみとすること(に)所得税の失格者は住民税を免除すること(ト)固定資産の評価額のつりあげをやめ、免税点を大幅に引上げること等を、要求した。

(2)  税務行政民主化の要求 税務署長等に対し、(イ)効率表、標準率表の一方的適用と生活費逆算課税反対(ロ)専従者控除の一方的否認反対(ハ)秘密通達などの通達行政廃止(ニ)営業上の信用を破り営業妨害となる、銀行および取引先調査反対(ホ)調査に際しての事前通知要求(ヘ)営業上不可欠物件の差押および不等価差押廃止等を要求した。

(3)  税金対策の指導 加盟団体の各会員に対し、自主申告制度貫徹のため(イ)自分の営業内容を正確に把握し(ロ)資料、とくに、取引先、銀行関係などの資料を整備し(ハ)当局の調査計画は常に掴んで、これに対応した内部体制を強化し(ニ)調査には会員同志の立会を実施し(ホ)調査結果を本人または商工会に対し知らせるよう税務当局に要求すること等を指導した。

(4)  その他 (イ)警職法反対(ロ)原水爆禁止(ハ)日韓会談反対(ニ)安保条約反対等の運動をなした。

(七)  右認定事実によれば、中野民商は、団体としての組織をそなえ、そこには多数決の原則が行なわれ、構成員の変更にもかかわらず団体そのものが存続し、その組織によつて代表の方法、総会の運営、財産の管理その他団体としての主要な点が確定しているものということができるから、いわゆる法人格なき社団(権利能力なき社団)としての性格を有するものというべきである。

二、今村署長が、請求の原因二1記載の本件調査および文書送付をなしたことは当事者間に争がない。

(一)  右調査等に至つた経過については、証人植松守雄の証言によれば、次の事実が認められる。

木村国税庁長官は、昭和三八年ごろ大阪国税局における税務行政を視察したが、その際、大阪における民商の活動は税務行政上放置することができない、との印象を受けて帰京した。国税庁においては、そのころ、これを機会として、各局の関係者から各地の税務行政について報告された資料をもとにして、検討会がもたれたが、調査の結果、植松守雄東京国税局直税部長は、民商の一般的傾向は(イ)会員が確定申告時期に集団で税務署に押しかけ、税務行政に圧力をかけること(ロ)税務署職員が民商会員である納税者について臨場調査をなす際、その会員は調査を妨害し、極端な場合は職員に対して暴行を加えることもあること(ハ)民商事務局員のうち税理士資格を有しない者が税務交渉や納税書類の作成をしていること(ニ)申告水準が低調であること等であると認識した。

木村国税庁長官は、同年五月ごろ、民商会員に対する調査は、調査妨害等により不十分であり、そのため民商会員の申告水準は低調になつているが、たとえば東京国税局管内における民商会員数は昭和三八年には一万二〇〇〇名にのぼり、この数は前年の二倍、三年前の四倍の数となつているのでもはや今までのように不十分な調査のままで放置しておくことは、税務行政上あとに禍根を残すことになると考え、同年五月ごろ全国の国税局に対し、民商会員について徹底的な調査をなすよう通達をなした。

植松東京国税局直税部長は、右通達に基づき、管内の各税務署長に対し、(イ)調査妨害のあつたものについては充分な調査をなすべきこと、(ロ)税理士資格を有しない民商事務局員および同会員の立会を排除すること、(ハ)調査におもむく旨の事前通知を行なわないこと、(ニ)調査におもむく職員の人数は場合によつては二名ないし三名一組としてもよいことを指示し、各署ごとに調査すべき民商会員の人数は予め標準の人数を示して右標準に従うよう指示した。

今村署長は、右指示にもとづいて法人四六件、個人五五件を選定して本件の調査を開始した。

(二)原告らは、右調査および文書送付は、中野民商会員の結社の自由を侵害するものであると主張する。

一般に、結社の自由とは、共同の目的をもつた多数人が、継続的に、団体(集団)を形成すること、および、団体によつて形成された意思の表現を通じて、右多数人各自の意思を表現することの、自由を意味する。憲法二一条は、右結社の自由は民主政治に不可欠の要素であるとして、これを保障しているのであるが、この保障するところの内容は、公権力は、原則として、私人の結社行為または結社された団体の意思形成行為を抑制したりこれに介入したりしてはならない、ということである。そして、公権力の抑制および介入行為には、結社がなされる以前において結社行為そのものを抑制する行為および結成された団体の解散もしくは弱体化を招来する行為の両者(以下「結社の自由に対する侵害行為」または「結社の自由に対する介入行為」という。)が含まれる。

右のとおり、結社の自由は、個人が結社すること、ならびに、結社された団体自身および団体の構成分子である個人が団体を通じてそれぞれの意思を表現する自由を意味するのであるから、結社の自由に対する侵害行為は、結社前においては個人に対する加害行為であり、結社後においては個人および団体に対する加害行為である、ということができる。そして、この場合加害を受けた者らが蒙る損害は、加害を受けたことによる精神的苦痛はもとより結社行為自体が妨げられたことおよび結社された団体によつてなされるべき意思表現行為が阻害されたことに由来する一切の無形損害がその内容となる。

(三)  そこで、今村署長がなした本件調査について判断する。

(1)  ところで、所得税法六三条ならびに法人税法四五条ないし四六条の二所定の質問検査権(以下単に「質問検査権」という。)の行使は、課税処分ではなく、また、納税者は、国税に関する法律に従つた課税標準または税額等を申告すべき義務を負うものであり、納税者は、適正な申告をなしている限り、適正な課税を受けるものであるから、質問検査権の行使を受けることにより税法上の不利益を受けることはないはずである。しかしながら、納税者は、質問検査権の行使を受けることにより、多少とも営業活動の時間をさかれあるいは私生活の平穏を害せられることは明らかであり、また、被告今村朝男(第一回)本人尋問の結果によれば、質問検査は全納税者に対し極めて低い割合の人数について行なわれ、その結果は、申告額が内輪目になつていることが発見される場合が相当数あることが認められるから、申告納税制度のこのような運営ならびにその結果の一般的現況のもとでは、質問検査を受けた納税者は、他の納税者と比較するときは相対的に不利益を受ける結果となることは否定し難い。

また質問検査権の行使は、税法違反の嫌疑のあることを前提として行なわれる国税犯則取締法に基づく任意調査および強制調査とは、その目的および調査の深度において異なるべきものである。

すなわち、国税犯則取締法に基づく調査は、任意調査であると強制調査であるとを問わず、その当面の目的は、当該納税者に対し、通告処分ないし刑事処分等をなすための証拠の集収であるのに反し、質問検査権の行使は所得金額または課税標準等の確定である。また、その調査の深度は、国税犯則取締法に基づく強制調査においては、裁判所の発した令状に基づいて臨検、捜索、差押が行われ得るほどであるから、その調査は綿密であり、強力であつて、そのために当該納税者の営業活動を停止せしめ、得意先、銀行等に対する信用を失墜せしめ、その他私生活の平穏を害する場合がありうるものであり、当該納税者はこれらの基本的人権を侵害せられることも止むなくこれを忍受しなければならない場合がある。

これに反し、質問検査権の行使もしくは国税犯則取締法上の任意調査においては、納税者が基本的人権の侵害を忍受しなければならないということは、原則としてありえないものというべきである。もとより、納税者は、所得税法および法人税法所定の要件のもとに、税務職員(収税官吏)の質問検査に対しこれに応諾する義務を負うものであるから、或る程度の営業活動および私生活の平穏を事実上妨げられることがあることはいうまでもない。しかしながら、質問検査権の行使が、いやしくも納税者の営業活動を停滞させ、得意先や銀行等の信用を失墜せしめ、その他私生活の平穏を著しく害するような態様においてなされたとすれば、それは、もはや、任意調査としての限界を超えるものであるといわなければならない。もしも、このような限界を超えた質問検査が、ある納税者が特定の団体に属するが故に行なわれたとすれば、その納税者は、当該団体員であるために他よりも不利益を受けるものであり、かりに、質問検査がその限界を超えるとはいえないまでも他の者より当該団体員なるが故に深度が深いものであるとすれば、納税者は、他の者より不利益を受けるものであり、ひいてはそのような質問検査を免れるため当該団体から脱会することがあることもみやすい道理である。

したがつて、質問検査権の行使が、任意調査の限界を超える場合はもとより、それ自体を個々にみるときは適法な職務行為であつたとしても、それが特定の団体を構成している納税者のみを対象とした場合、または、調査対象者の選定については差別はなくとも、右納税者のみを他の納税者よりも深い度合で質問検査した場合においては、その質問検査は、特定の団体の構成員であることの故をもつてなされた差別行為であり、その質問検査自体が団体の構成員の結社の自由に対する介入行為となる場合がありうる。そして、かりに、その質問検査が当該納税者をしてその団体から離脱させる目的のもとになされた場合には、その質問検査が、団体の構成員の結社に対する介入行為となることは明白であるといわなければならない。

なお、原告らは、本件調査および文書送付それ自体違法なものである、と主張するが、違憲もしくは違法行為であるからといつて直ちに結社に対する介入行為があるということはできない。したがつて、この点に関する法律論は本件の結論を左右するものではないから、これについては判断をしない。

(2)  証人植松守雄の証言および被告今村朝男(第一回)本人尋問の結果によれば、本件調査は、所得税法および法人税法所定の質問検査権の行使としてなされたものであることが認められる。そこで、まず本件調査が、中野民商会員のみを対象としてなされたものであるかどうかを検討する。

中野民商会員を何名調査すべきかについて植松直税部長から指示があつたことは前段認定のとおりである。しかしながら、被告今村朝男(第一回)本人尋問の結果によれば、調査対象者の選定は、過去における所得額、同規模の業者との比較、事前調査額と申告額との対比、長期間調査をしていないもの等により過少申告であると思われるものを抽出するものであるが、当時申告所得税について選定したのは全納税者約七〇〇〇件中二八一件であつたところ、うち中野民商会員は七二件であつたことが認められる。してみると、中野民商会員の数は約一二〇〇名であつたから、調査対象者の割合は同会員の方が他の納税者よりも高いということはいいうるとしても、調査対象者の全部が同会員であつたということはできない。

(3)  次に、右調査が、調査対象者のうち、中野民商会員のみに対し深い度合をもつてなされたかどうかについて検討する。

今村署長が、当時、その部下の職員に対し、中野民商会員については、事前通告することなく、二名ないし三名一組となつて臨場調査におもむき、当該会員以外の中野民商会員および同事務局員の立会を拒否したうえで調査をなすべきこと、当該会員のみならず取引先および取引銀行の調査をなすべきこと、特に銀行調査に当たつては同会員のみならずその家族および従業員の預金をも調査すべきことをそれぞれ指示し、同職員が右態様による調査をなしたこと、以上の事実は当事者間に争がない。

原告益田正男および原告鳥平代表者各本人尋問の結果によれば、次の事実が認められる。

中野税務署における従来の調査方法態様は、職員が納税者に対し臨場調査実施期日を事前に通知し、職員一名が調査におもむき、民商会員または同事務局員が調査に立会うことを放任し、半日ないし一日程度の時間で調査を完了していた。また、その調査の方法は、申告書の記載のうち不自然な点について説明を求める調査、たとえば営業規模からみて仕入額が少し低いと思われるとか、仕入額を比較して売上額が少額すぎるがその点はどうか、というような形であつた。しかしながら、昭和三八年の調査は、右争のない態様であるほか、調査の対象は申告書記載の特定部分に止まらず全般に及び、いわば網をかぶせて申告洩れを探し出すというような形態であり、調査日数も二日ないし三日間にわたるものであつた。

また、被告今村朝男(第一回)本人尋問の結果によれば、当時中野税務署には東京国税局から五名ないし六名、広島国税局から七名ないし八名の応援職員があり、東京国税局からの職員は中野民商会員を専門に調査していたことが認められる。

さらに、今村署長が、当時、管外の鳥肉取扱店に対し鳥平商店との取引の有無を一斉照会したことは当事者間に争がないところ、証人小柳猪三男の証言によれば、右一六店は、資料により取引があると認められる店ではなく、職業別電話帳により鳥平商店に配達可能の距離にあるものを選んだものであり、このような調査方法は従前はとられていなかつたことが認められる。

以上の事実によれば、中野民商会員に対する調査は、従前の調査よりもかなり密度の濃い調査であつたということができる。もとより、中野民商会員に対する調査の度合が従前よりも深いものとなつたことから、直ちに同会員以外の納税者よりも深い調査を受けたということはできないけれども、前示のとおり、国税庁の方針が中野民商会員を徹底的に調査することにあつたこと、また、原告河田武雄本人尋問の結果によつて認められる次の事実すなわち、中野民商会員であるが故に抜打に臨店して帳簿を調査されたり取引先や銀行調査を受けるのはたまらないといつて数名の会員が脱会したこと等の事実からすれば、中野民商会員は他の会員よりも深い度合の調査を受けたものと推認され、証人植松守雄の証言中右認定に反する部分は採用できない。

(四)  次に、文書送付について判断する。

(1)  今村署長が、中野民商会員に対し、昭和三八年一〇月二八日ごろ「当署はこのような反税的団体を相手にすることはできません。したがつて商工会の介入を排除しない限り、あなたの調査は解決がつかず、いつまでも現在のような状態がつづくことになります。必要な調査はあくまで実施しなければならないのです。」「なおあなた自身の本当の気持を電話でもなんでも結構ですから税務署あてお聞かせ下さい。」との記載がなされた文書を送付し、同年一一月六日ごろ「同会は依然として反税的な行動をとつており、納税者の帳簿書類を事務局へ引上げたり事務局員や他の会員を調査に立会わせようと強要したりして調査を妨げて来ました。このような数々の事実は中野民主商工会が会員に間違つた考えを植えつけ、税務行政を計画的に妨害しようとして来たことをはつきり示しており、所得税法ないし法人税法に対する悪質な違反行為であります。」「特に中野民主商工会は、これまで述べましたような反税的な行為を組織的に行なつている団体ですから、税務署としましては同会の事務局員等の立会は、絶対認めませんし、同会との話し合いの上で調査を行なうことなどは全く考えておりません。会員に対して『事前通知』を行なわないのも調査に対して同会の事務局員等の不当な介入を排除することが主な目的です。」との記載がなされた文書を送付したことは、当事者間に争がない。証人植松守雄の証言および被告今村朝男(第一回)本人尋問の結果によれば、右各文書はその表現方法等細部にわたつて、植松直税部長と今村署長とが検討をなした上で送付したものであることが認められる。

右文書はその記載自体から明らかなように中野民商を反税的活動を行つている団体であるとし、会員に対し脱会を慫慂しているものということができる。

(2)  いずれも弁論の全趣旨により成立を認められる甲五号証の一および二、六号証ないし一二号証、一三号証の一および二、一四号証および一五号証原告河田武雄および益田正男各本人尋問の結果および被告今村朝男(第一回)本人尋問の結果(ただし後記措信しない部分を除く。)を綜合すれば、次の事実が認められる。

中野民商の会員数は本件調査開始当時は約一二〇〇名であつたが、本件調査および文書送付がなされたのち約六〇〇名に減少した。もとより、従来においても脱会者はあつたけれども、このように一時期に脱会者が集中したことはなかつた。また、従来の脱会の態様は、中野民商事務局員が会費の集金におもむいた際、少し休ませてほしいと口頭で述べたり、あるいは、廃業もしくは転居等により同事務局に通知をしないで事実上脱会したりするものが大部分で、書面によつて脱会届をなす会員はほとんどなかつた。ところが、本件調査後の脱会者の七〇パーセントないし八〇パーセントの者は内容証明郵便により、また他の一部は葉書により、それぞれ脱会届をなした。

中野税務署職員の中には、中野民商会員に対し、同会を脱会すれば税について便宜を計る旨を述べて脱会届を提出させたり、中野民商は共産党のひもつきであると述べたり、会員内の共産党員数、入会の動機、紹介者等を尋ねたり、同会を脱退したほうがよいと述べたりした者があり、当時中野税務署には約一〇〇通の脱会届の写が寄せられていた。

以上の事実が認められ、証人植松守雄の証言および被告今村朝男(第一回)本人尋問の結果中右認定に反する部分は措信できない。

もつとも証人植松守雄の証言によれば、中野民商に入会すれば税金が安くなるということで入会したけれどもあまり保護を受けられなかつたために脱会した者があつたことが認められるが、それだけの理由で短期間に六〇〇名の脱会者が出るということは考えられないから、右事実をもつてしては前記認定を覆すことができない。

(五)  以上の各事実すなわち、(イ)中野民商は全商連傘下の他の民商と共に、租税問題はもとより、広く現行の立法、行政について、批判的立場からする政治活動をなしていたこと(ロ)木村国税庁長官は全商連の会員倍加運動が結実する時期に民商会員に対して徹底した税務調査をなすべきことを指示したこと(ハ)今村署長がなした本件調査は、調査対象者のうち民商会員については特に程度の深いものであつたこと、(ニ)今村署長が送付した本件各文書は、中野民商の会員である限り不利益を受けることがありうべきことを示唆する内容のものであること(ホ)中野税務署職員のあるものは、中野民商会員に対し、同会を脱会するよう述べていること等を綜合すれば、今村署長がなした本件調査および文書送付は、中野民商の組織を破壊ないし弱体化することを意図してなされたものとみることを相当とする。してみると、今村署長の右行為は違法な職務行為であるといわなければならない。

三、被告らは、今村署長が中野民商会員を徹底的に調査したのは中野民商の調査妨害行動等によつて、同会員に対する調査ははなはだ不徹底となり、その結果、中野民商会員の申告水準および課税水準は他の納税者に比して著しく低調となつたことに由来するものであつて、中野民商を破壊することを意図してなしたものではない、と主張するので、これについて判断する。

(一)  原告益田正男および被告今村朝男(第一回)各本人尋問の結果によれば、中野民商は昭和三六年ごろから会員の所得税の申告書をとりまとめ、申告期限である三月十五日直前に一括して同時に提出してきたことが認められる。被告らは、このことは税務署職員が申告書の受理にあたり申告者から事情を聴取し申告を適正ならしめるように指導することを妨げるものである、と主張する。しかしながら、原告益田正男本人尋問の結果によれば、税務署職員が納税者に対し、申告書提出前に納税者を税務署に呼出して申告につき容喙したり、申告書提出時にその記載について、質問や指導をなしたりした事例があつたが、中野民商としては、このことは、納付すべき税額がもつぱら税務署長の処分により確定する賦課課税制度に通ずるものであつて、現行税法が民主的税制であるとして採用している申告納税制度の原則を阻害するものであるという立場に立ち、税務署職員のこのような行為を排除するために申告書の一括提出をなしたものであることが認められる。してみると、同署職員に右のような行為があつた以上、これを排除するために申告書の一括提出をなすことは、申告納税制度の貫徹のための行為として是認されるべきであるから、このことは中野民商の反税的活動ということはできない。

(二)  いずれも成立に争がない乙一号証、二号証、三号証および四号証の各一ないし四、二八号証ないし三〇号証、被告今村朝男(第一回)本人尋問の結果により成立を認められる乙第二七号証、証人植松守雄、原告益田正男および被告今村朝男(第一回)各本人尋問の結果を綜合すれば、次の事実が認められる。

中野民商は遅くとも昭和二七年以降継続して集団で中野税務署におもむき前段認定の各要求事項の実現方を申入れていた。

そのうち、昭和三七年八月以降の集団行動の態様は次のとおりである。

昭和三七年八月二四日 中野民商益田事務局長は、昭和三七年七月末日ごろ、今村署長に対し、中野民商会員との会談をしてほしい旨を申入れたところ、今村署長は、同年八月二四日午前一〇時から三〇分間、人数は二〇名という条件で会談に応ずる旨を回答した。

中野民商会員および同会事務局員(以下「中野民商会員ら」という。)約二〇名は、午前一〇時三〇分ごろ署長室に入室して同署長と会談をなしたが、席上、民商会員らは、(イ)人数制限は民主的でないこと、(ロ)今村署長がその前任地で発生した部下の汚職事件について責任をとらないまま中野に赴任したことにつき中野の納税者は不安を抱いていること、(ハ)今後の行政方針を聞かせてほしいこと、(ニ)臨場調査に際しては事前通知をしてほしいこと等を述べた。右会談中同会員らの人数は一〇名ほど増加し、これらの者は署長室の扉附近に立つていた。

同会員らの中には、会談に先立ち同署長の拒絶にもかかわらず同署長の写真を撮影したり、会談の中で「人数制限をするんなら一三〇〇人も動員してこんな税務署をもみつぶすのはわけはない。」とか、「納税者の代表が会いに来ているんだから冷い物でも出したらどうだ。こんなことでは親しまれている税務署といえるか。お前ら公僕だろう。」とか述べた者があつた。

昭和三八年二月二五日 益田事務局長は、昭和三八年二月初旬ごろ、今村署長に対し、(イ)自主申告を認めてほしいこと、(ロ)減税をしてほしいこと、(ハ)標準率、効率の機械的適用による推計課税をやめてほしいこと等を骨子として会談をしてほしい旨を申入れたところ、今村署長は、同月二五日午前一〇時から一時間、人数は二〇名という条件で会談に応ずる旨を回答した。

中野民商会員ら約一三〇名は同日午前一〇時三〇分ごろ同署に赴き、うち二〇名ないし三〇名が、税務署職員と納税者との間の仕切りとなつているカウンターの内側に入り、机を前にしている同署総務課長をとりかこみ、約四〇分にわたり、大声で、人員制限や時間制限をすることは不当である旨を述べ、同会員らの中には「総務課長のはげ頭。」とか「こつぱ役人に用はない。」とか述べた者もあつた。

総務課長は、面会人数は二〇名に制限されているので二〇名の範囲内で署長室に入室してほしい旨を述べ、その間押問答がくり返されたが、結局同会員らがこれに応ずる旨を述べたので、総務課長が同会員らを署長室に入室させようとしたところ、三〇名近くの同会員らが一時に入室しようとしたため、署長室の扉の金具はねじ曲がつた。これに対し総務課長および総務係長が約束を破るようでは署長と面会はできない旨抗議した。

署長室に入室した同会員らのある者は、「署長を表へ出せ」とか、怪しからん、とか、総務課長の言動に対して我々を暴徒のように取扱つた、とか暴言をとり消せ、とか述べていたが、このような雰囲気のため同署長は、同会員らに対して即時退去を命じたので、同会員らは即刻同署から引上げた。同会員らが総務課長に対して今村署長に面会を求めてから、同署長の退去命令に従つて引上げるまで約一時間半を要した。

この間、同署職員のある者は、同会員らの行動を写真撮影していた。

同会員らは、同日午後になつて再び同署におもむき、自主的に人数を一五名に制限して同署長と会談したが、同会員らは約一時間にわたり(イ)人員制限をすることは不当であること、(ロ)同署職員が同会員らを撮影したフイルムを引渡してほしいこと、(ハ)暴徒のように扱つたことを謝罪すべきであること等を述べた。

同年三月一三日 益田事務局長は、今村署長に対し、同年三月一三日に会談をしてほしい旨を申入れたところ、今村署長は、同日は所得税の確定申告期限である同月一五日の前々日で繁忙および混雑が予想されるので、時間は三〇分、人数は三〇名の条件で会談に応ずる旨を回答した。

中野民商会員ら約八〇名は同日午前一一時ごろ同署におもむき庁舎内で会談すべきことを求めたが、同署長が屋外でこれに応じたので、同会員らは同月一一日に採択された決議文を読みあげて引上げた。

同年七月二三日 中野民商会員ら一五名は、同年七月二三日今村署長と会談したが、席上、無理矢理押つけ課税や脅しとる税務行政はやめろ、とか、今度の民商調査は弾圧である、とか、「調査をするなら会員を動員して拒否する。」等の発言がなされた。

右認定事実のうち「 」で括つた中野民商会員らの発言が非難されるべきことはいうまでもなく、その行動のうち不穏当なものがあることも否めない。しかしながら、原告河田武雄および同益田正男各本人尋問の結果によれば、これらの言動は、今村署長の前任者は、制限人数を若干越えた場合であつても面会に応じていたのに、今村署長は、着任当初から面会人数を制限しこれに固執したため、中野民商会員らは、そのことをもつて、同署長が同会員らをあたかも暴徒視しているのではないかと感じていたこと、総務課長もまた人数制限を固執してなかなか今村署長に面会させなかつたこと、昭和三八年六月ごろから開始された法人税に関する調査は、同会員に対する差別的調査であると感じていたこと等に由来してなされたものであつて、ことに、同会員に対する右調査が同会員らにとつて差別的調査であると感じられていた点については無理からぬ点があつたものと認められるから、同会員らの右言動は、非難すべき部分はあつたけれども、全体として考察するときは、中野民商の税務行政の運営に対する要求の表現行動であつて、納税義務を否定し、回避し、または、これを不法に軽減するいわゆる反税的活動であるとは認められない。

(三)  被告今村朝男(第一回)本人尋問の結果によれば、次の事実が認められる。

今村署長は、本件調査に先だち、部下の職員から、中野民商会員の調査については、(イ)口実を設けて、調査の延期を申出ること、(ロ)他の同会会員または事務局員が調査に立会い威圧を加えたり、いやがらせをなしたり、当該納税者である会員に答弁をさせなかつたりすること、(ハ)帳簿書類を物置に入れておいたり、中野民商の事務局に預けておいたりして調査に際し直ちに呈示しないこと(ニ)取引先や銀行に対する反面調査は違法である旨を主張すること等の事例があつた旨の報告を受けていたことが認められる。

ところで、所得税法または法人税法に基づく質問検査権の行使は調査対象者の営業活動あるいは私生活の平穏に多少とも影響を及ぼすものであるから、税務職員としては事前に通知をなしたうえで調査におもむくことが好ましいことであることはいうまでもない。中野民商が中野税務署長に対し事前通知を要求していたことは前示のとおりであるが、前掲乙四号証の二によれば、中野民商は、同会員に対し、税務署職員が事前通知することなく調査におもむいたときは、事前通知がないと営業の都合上調査に協力できない旨を話して当日は帰つてもらい、営業に支障のない日を調査日として約束すべきことを指導していたことが認められる。してみると、事前通知がない場合に調査延期を申出ることは中野民商の方針であつたことが認められるけれども、それは、事前通知を慣行としてなすべきことを要求するための方法であると認められるし、調査延期の申出自体は調査拒否ではないから、これをもつて中野民商が反税団体であるということはできない。もつとも調査の延期を求める理由が単なる口実にすぎないときは、その行為は調査を免れるための行為というべきであるところ、今村朝男(第一回)本人尋問の結果中には、中野民商会員のうち右のような行為に出た者があり、中野民商会員に対する調査はその八〇%が調査未了であつた旨の供述部分がある。しかしながら、いずれも証人小柳猪三男の証言によつて成立を認められる乙二一号証、二二号証、二四号証、二五号証、二六号証の一ないし五、同証言、原告有限会社鳥平代表者および原告益田正男各本人尋問の結果によれば、中野税務署職員は、今村署長の中野民商会員に対する調査方針およびその命令に従つて、中野民商会員に対しては、事前通知をすることなく臨場調査を行ない、調査の立会人として中野民商会員やその他の者が同席する場合においては同署の方針として強くその退去を要求することがあつたため、調査の円滑さを欠くに至つたこと、同署職員は、立会人の同席を許したとしても調査を行なうことが充分可能であつたと考えられる場合であつても、立会人が同席する限り調査を行なわなかつた事例がかなりあつたことが認められる。してみると、右被告今村朝男の供述部分は右事実に照らして採用することができない。また、証人柳沢武美の証言によれば、中野民商会員である寺田安は、何回も調査の延期を申出たことが認められるけれども、このことが直ちに中野民商の計画指導による調査拒否であるということはできない。

また、調査の立会については、それが当該調査対象者の同意をもつてなされるかぎり、立会自体は何ら違法な点はないというべきところ、原告益田正男本人尋問の結果によれば、中野民商会員らの立会は、いずれも調査対象者の承諾もしくは依頼を受けているものであり、同事務局員は、当該対象者の帳簿の記帳の補助者として答弁の補助をなし、もしくは税法の専門的知識を有するものとして調査に行きすぎがないかどうかを監視するために、同席していたものであることが認められる。なお立会をなした中野民商会員らが同署職員に対して威圧を加えたりいやがらせをなしたり、当該調査対象者に対し答弁をさせなかつたとすれば、その行為は調査妨害というべきであるが、被告今村朝男(第一回)本人尋問の結果によれば、同署職員の報告する中野民商会員らの言動は、調査に関連する事項について法律上の見解を質したり意見を述べたりする程度のことがらであることが認められ、暴力の行使にわたつた事例はなかつたことが窺われるから、たとえ職員が主観的に威圧等を受けたと感じたとしても、客観的に調査妨害行為があつたと認めるには不十分であるといわなければならない。もつとも、いずれも官署作成部分については当事者間に争がなく、その余の部分については被告今村朝男(第一回)本人尋問により成立を認められる乙五号証ないし一〇号証の各一および二、ならびに同被告(第一、二回)本人尋問の結果によれば、中野民商事務局次長小林正之および同事務局員日置克之は昭和三八年九月一三日有限会社大栄軒において中野税務署職員木島祥吉および江別恕に対し脅迫による公務執行妨害をなした旨の事実により同年一一月五日に逮捕され、同月二六日に起訴され、第一、二審とも有罪の判決を受けたこと、中野民商会員は右逮捕は不当であるとして今村署長に対し抗議文を記載した葉書七五五通を発送し、その中には不穏当な言辞のものも含まれていたことが認められるけれども、右時期は、中野民商としては、本件の調査は中野民商の組織を破壊する弾圧であると認識し抗議活動をなしていた時期であるから、かりに同事務局員らに公務執行妨害の事実があつたとしても、これらのことが民商の一般的活動であるということはできない。さらに、同本人尋問の結果により成立を認められる乙三一号証によれば中野税務署職員は中野民商会員らの暴言集なるものを作成したことが認められ、これによれば不穏当な言辞というべきものも散見しうるけれども、そのことばがいかなる事態の下に使用されたものであるかは明らかでなく、断片的な言辞のみでは意味をなさない。

また、帳簿を物置に納めたり、中野民商事務局に預けておいた行為がことさらに調査を回避するための行為であると認めるに足る証拠はない。もつとも前掲乙三号証の三によれば、中野民商は同会員に対し、資料はゆつくりボソボソ最低に必要な範囲でみせ余分なものは見せないよう指導していることが認められるが、調査に不要なものを提供する必要のないことは当然のことがらである。

なお、取引先および銀行調査については、被告今村朝男(第一回)本人尋問の結果によれば、中野民商会員らは取引先である共立信用金庫新井薬師支店に対し、任意調査であるにもかかわらず同店が税務署に協力して預金者の帳簿を見せすぎるのは迷惑である旨を述べたことが認められるが、このことが直ちに反税的活動ということはできない。

(四)  証人植松守雄の証言および被告今村朝男(第一回)本人尋問の結果によれば、今村署長は、中野民商会員と、それ以外の納税者(かりに「一般」という。)とを対比したところ、課税申告状況について、次の調査結果を得たことが認められる。

(1)  申告所得税の営業者の平均申告所得の前年比(昭和三五年度から昭和三七年度)

一般 一一三ないし一一四%

民商 一〇二ないし一〇三%

(2)  右のうち、同規模の同業者についての比較(昭和三七年度)

(鮮魚商)

課税申告をした者 平均所得 平均所得の前年比

一般 一四件中一三件 一四万円 一三〇%

民商 六件中三件 三万六〇〇〇円 八五%

(米穀商)

課税申告をした者

一般 一八件中一三件

民商 四件中零件

(3)  事前調査額に対する申告額の割合

一般 一〇一ないし一〇二%

民商 約八〇%

(4)  中野民商に加入した直後の申告額の前年比は七〇ないし八〇%に減少する。

一般に調査によつて得た数字は、その調査の条件が示されなければ、資料として不十分であることはいうまでもない。したがつて、右調査結果に示された数字のみによつて、中野民商会員とその他の納税者との申告状況を比較することは実態の認識を誤ることがあるといわなければならない。

(1) の調査結果の示すところは、中野民商会員の平均所得額の増加する度合が、他の納税者よりも低い、ということである。ところで中野民商会員の大部分がいわゆる零細業者であることは先に認定したとおりである。被告今村朝男(第一回)本人尋問の結果によれば、中野民商は必ずしも零細業者のみではないことが認められるが、このことはその大部分が零細業者であるということと矛盾するものではない。また、証人植松守雄の証言および被告今村朝男(第一回)本人尋問の結果によれば、右算定の基礎となつた数字は、各年度の納税者全員、たとえば、昭和三七年度についていえば、中野民商会員四一七名、その他の納税者五六七二名の各申告所得総額であつて、業種、営業規模等の個性を考慮しなかつたものであることが認められる。そして、大企業、中企業よりも零細企業の方が事業の発展の度合が低いということはあえて異とするに足りないことである。したがつて、大企業、中企業の含まれているとみられるその他の納税者よりも零細企業を大部分とする中野民商会員の方が申告所得額の伸び率が小さいからといつて、同会員が過少申告をしていることにはならない。

(2) の調査結果は、同規模、同業者の比較であるから(1) の概括的調査よりも数字の信頼度は高いということができる。しかしながら中野民商会員の平均所得の前年比が(1) の平均よりもはるかに低い八五%であること、算定基礎となつた件数が少いことなどから、抽出見本としては適当なものとは考えられない。この調査結果は、このような事例もあるということを示すけれども、(1) の調査結果が全体としては一〇三%に伸びていることを示しているから、鮮魚商を除く他の業種では一〇三%よりも伸びているものがあるということも併せて示していることになる。

(3) の調査結果の示すところは、中野民商会員の申告所得額は、中野税務署がなした事前調査額よりも低く、その他の納税者の申告所得額は、事前調査額よりも高いということである。事前調査額が真実の所得額と合致するかあるいはそれを下まわつているものとすれば、これに対して八〇%の所得を申告した者は過少申告をしたということができる。しかしながら推計所得額が真実の所得額を上まわらないという事実を認めるに足る証拠はない。かりに、同規模、同業種の納税者について同様の事前調査をなしてこれを対比し、中野民商会員の方が調査額を下まわり、その他の納税者の方がこれを上まわるとすれば、中野民商会員に過少申告があつたと推定する一つの資料となりうる。これに対し、双方とも調査額を下まわるときは、調査額の方が誤つていたと推定する一つの資料となりうる。しかして(3) の調査結果は、後者の可能性を含むものである。なぜなら、かりに中野民商会員と同規模の営業をなすその他の納税者の申告所得額が調査額を下まわつたとしても、規模の異なる営業をなすその他の納税者が多数あつて、これらが調査額を上まわる申告をなしたときは、全体としては調査額を上まわることになるからである。

(4) の調査結果は、中野民商会員の申告額は同会に入会した直後に減少する、ということであるが、いずれも成立に争がない甲三号証の一および二、二三号証、二六号証によれば、税法の知識を欠くために、損金の控除等をしないで所得額を申告することにより、税の過払をなすことがあり、このことから、中野民商のほかにも税法の正しい適用によりいわゆる節税の指導をなすことを目的とした団体が存在していることが認められる。してみると、中野民商に加入した直後に申告所得額が減少するのは、右指導によるものとみられる余地もあるから、この調査のみでは、中野民商が過少申告を指導しているということはできない。証人植松守雄の証言中中野民商が会員に対して過少申告を指導している旨の部分は具体性を欠きまた伝聞によるものであつて採用することができない。

また、証人植松守雄の証言および被告今村朝男(第一回)本人尋問の結果によれば、昭和三七年分の事後調査および昭和三八年分の事前調査として、中野民商会員七九名についてなした本件の調査の結果、申告額に対する調査額の割合は二二八%であることが認められるが、調査額が真実の所得に合致すること、若干の異常な事例によつて全体の数字が大きくなつたものではないこと等計数の基礎となつた条件については何らの証拠がない。

(五)  以上により、中野民商が組織的に調査妨害行為をなし、過少申告を容易ならしめている旨の事実は認められないから、本件調査および文書送付が中野民商会員に対する結社権侵害行為であるという前段認定事実を覆すことができないこととなる。

(六)  そこで、結社権侵害に基づく損害について判断する。

河田会長および鳥平商店が昭和三八年当時中野民商会員であつたことは当事者間に争がない。

中野民商の会員が約一二〇〇名から約六〇〇名に減少したことは前段認定のとおりである。ところで、前示のとおり、結社の自由の保障というのは、共同の目的をもつた多数人が団体を結成し、団体としての意思を形成し、その団体意思の表現を通じて、各団体構成員の意思を表現するという表現方法を保障する、ということにほかならない。この場合、結社の構成員数が多ければ多いほど団体意思の表現が他に及ぼす影響力は大きくなり、その結果各団体の構成員の意思も強く表現されることになることはいうまでもない。これに対し、構成員数が少なければその逆のことがらがあてはまることになる。したがつて、結社権侵害による損害の最も大きいものは結社自体が解散することであるが、構成員の減少もまた損害の発生する一つの場合ということができる。これを本件についてみると、中野民商という団体の構成員である河田武雄および鳥平商店は、中野民商会員が半減したことにより、意思の表現方法を弱められたという無形の損害を受けたこととなるが、その額については、中野民商の地位、活動状況、侵害行為の態様等の事情を考慮して各一万円をもつて相当と認める。

四、原告らは、さらに、一一月六日付文書の送付は、中野民商の名誉権を侵害する行為である、と主張する。

(1)  中野民商は、前段認定のとおり、いわゆる法人格なき社団(権利能力なき社団)としての性格を有するものである。しかして、このような社団は、その構成員から独立して社会的活動をなし社会上の地位または価値を有しているものであるから、違法な手段や態様によつてその社会的評価を毀損されない利益すなわち名誉権を有するものというべきである。

右文書は、要するに中野民商は組織的に反税的活動をなしている団体である、という事実をその内容としている。したがつて、このことは中野民商の名誉を毀損するものであるということができる。

今村署長は、その職務行為として右文書を送付したものであるから、右文書の内容が中野民商の名誉を毀損すべきことを認識していたものと認められる。

被告らは、右文書の送付は、税法の適正な執行をするための広報活動であつて税務署長の適法な職務行為であると主張する。

もとより、税務署長が税法の適法な執行をするために行なう広報活動が適法であることはいうまでもない。しかしながら、中野民商が組織的に反税的活動をなす団体である旨を流布することが、税法の適正な執行のための行為であるとは到底解せられない。かりに、中野民商において被告らの主張するような事実を行なつていたものとすれば、それは、国税に関する犯則行為ないし公務執行妨害行為とも目されるものであるから、国税犯則取締法ないし刑事訴訟法所定の手続によつて処理されるべきものであつて、税務署長等が主観的に認識したことを公表することによつて、これを防止ないし排除すべきものではない。

してみると、今村署長がなした右文書の送付は、税務署長の権限を逸脱したものとして違法行為といわなければならない。

(2)  ところで、名誉毀損については、当該行為が公共の利害に関する事実に係りもつぱら公益を図る目的に出た場合において、摘示された事実が真実であることが証明されたときは、その行為は、違法性が阻却されて、不法行為にならないものというべきである。しかしながら三において考察したように、中野民商が組織的に反税的行為をなす団体であるという証明はないのであるから、今村署長の右文書送付行為は中野民商に対する不法行為であるといわざるを得ない。

(3)  前示のとおり法人格なき社団もまた名誉権を有するものであるから、その名誉が毀損され、いわゆる無形損害が生じた場合においては、右損害の金銭評価が可能であるかぎり、加害者は損害賠償の責に任ずべきである。

そこで、損害額について考察すると、中野民商の地位、活動、今村署長の地位、一一月六日付文書の内容、同文書の配付先等の事情を考慮すれば、その額は一〇万円をもつて相当と認める。

(4)  原告らは、右文書はまた中野民商会員および同事務局員の名誉をも毀損する、と主張するが、右文書を全体的に通読するときは、その内容は、中野民商を組織的に反税的活動をなす団体である、と規定しているにとどまるものであつて、個々の会員や会に雇傭されている事務局員の名誉を毀損するものであるとは認められない。

五、原告らは、鳥平商店についての一斉照会調査は、法人税法四六条所定の要件を具備しない違法なものであり、その内容は、鳥平商店が脱税をしているかのような印象を業界に与えるものであつて、同商店の名誉を毀損するものである、と主張する。しかしながら、右一斉照会調査が違法なものであつたとしても、「烏平商店と取引をしているかどうか。しているとすればその額などを知らせてもらいたい。」との文言は、同商店が脱税をしているとの事実を直ちに推測させるものということはできない。したがつて一斉照会調査は、それが違法であると否とを問わず、鳥平商店の名誉を毀損したものということはできない。

六、今村署長が国の公権力の行使に当たる公務員であることは当事者間に争がない。そして、前段認定のとおり、今村署長は、その職務を行なうについて、故意によつて違法に、中野民商、河田武雄、鳥平商店に対して損害を加えたものであるから、国は、国家賠償法一条によりこれを賠償する責任がある。

原告らは、今村署長もまた個人として賠償責任を負うべきである、と主張する。しかしながら、公務員がなした行為が外見上職務行為としての形式を有している場合においては、たとえそれが違法なものであつたとしても、その行為は、当該公務員の私的行為とみるべきではなく国または公共団体の機関としての行為と評価すべきである。したがつて公務員の職務行為によつて他人に対し損害を与えたときは、その加害者は国または公共団体であつて、当該公務員個人ではないこととなり、当該公務員は被害者に対し直接には損害賠償の責任を負わないこととなる。右のように公務員の直接責任を否定することは、被害者の保護を薄くするかのようであるが、同時に、「公権力」の範囲について、外形上職務行為としての形式を有しているものはすべて公権力の行使であると解すれば、この場合国または公共団体は被害者に対し常に損害賠償責任を負うこととなるから、被害者の保護に欠けるところはない。また被害者の加害者に対する損害賠償請求権は損害の填補請求権であつて私的制裁が目的ではないと解せられるから現実に行為をなした当該公務員に直接責任を認めるべき必要もない。なお、同条二項は公務員に故意または重大な過失があつたときは国または公共団体はその公務員に対し求償権を有する旨を定めているけれども、このことは、公務員は求償権を通じて間接的に責任を負うべきことを意味するものと解せられる。

七、以上により、被告国は、原告河田および同鳥平に対し、結社権侵害による損害賠償としてそれぞれ一万円宛、また、原告中野民商に対し、名誉権侵害による損害賠償として一〇万円、ならびに、右各金員に対する不法行為の日以後である昭和三九年一月二三日(訴状送達の翌日)から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払をなすべき義務がある。

したがつて、原告らの請求のうち、金員の支払を求める部分は右の限度で正当であるからこれを認容し、その余の部分は失当としてこれを棄却する。

さらに、原告らは、被告今村名義による謝罪広告をなすべきことを請求しているけれども、損害の填補としては前記金銭の支払をもつて足りると考えられるから、右請求は不相当としてこれを棄却する。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、また、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 西山要 吉永順作 山口忍)

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